湖尻峠は水をめぐる歴史の舞台、芦ノ湖に最も近い箱根の西玄関!
湖尻峠(こじりとうげ)は箱根の西に位置します。金時山から続く山並みをごらんください。左へ大きく目を移してゆくと、南西部に大きく下った所が湖尻峠です。
仙石原から望む湖尻峠、中央奥は三国山(2022年7月10日撮影)
この記事の目次
【芦ノ湖を見下ろす静かな峠】
湖尻峠の場所は、仙石原からは少しわかりづらいため、噴煙上げる大涌谷か、芦ノ湖北側の桃源台付近から望むのがいいでしょう。
約40万年前から大規模な火山活動を続けてきた箱根。湖尻峠は古期外輪山に属し、三国山や金時山・明神ヶ岳などと同じく古い山域に入ります。
江戸時代は箱根関所を守るため入山が厳禁されました。しかし今は乙女峠や長尾峠・箱根峠と共に、箱根内外をつなぐ交通の要所となっており、静岡県裾野市方面へ唯一アクセスが可能な峠です。
大涌谷からの眺め。左端が湖尻峠、手前に芦ノ湖、向こうは愛鷹連峰(2017年4月30日撮影)
【芦ノ湖は海のように青く…】
湖尻峠のすぐ下・東側はは芦ノ湖の北岸、湖尻(こじり)地区となっており、多くの宿泊施設や飲食施設が湖岸沿いに建ち並びます。
湖尻はかつて「うみじり」と呼ばれたことがあり、湖尻峠も「うみじりとうげ」と呼ばれていました。青く広がる芦ノ湖…昔の人々には「海に見えた」のかもしれませんね。
湖尻峠付近から望む大涌谷、冠ヶ岳、神山。手前に芦ノ湖と湖尻(2015年11月6日撮影)
【湖尻峠の真下…水をめぐる物語】
この豊かな芦ノ湖の水を活かそうと、大掛かりな工事が行われたことがあります。
(1)苦しむ人々を助けたい
江戸時代、駿東地方(現在の静岡県東部・裾野市とその周辺)は、富士山の火山灰を含んだ土の影響で農作物が育たず、人々は苦しい生活を強いられていました。
そこで箱根の山の向こうに広がる芦ノ湖の水を引き、農業に利用できないかという、壮大な計画が浮かびます。
芦ノ湖北岸から深良水門方面と三国山を望む(2022年7月6日撮影)
(2)箱根の山を貫通させよう
駿河国深良村(現在の裾野市深良地区)の名主・大庭源之丞(おおばげんのじょう)や、江戸の有力商人・友野与右衛門(とものよえもん)たちが中心となり、箱根外輪山の三国山に隧道(トンネル)を掘り抜いて、芦ノ湖の水を送り込む大仕事が開始されました。
1666(寛文6)年のこと。隧道は芦ノ湖側と裾野側の両方から掘ってゆきます。
深良水門(2010年6月2日撮影) 隧道への水路(2010年6月2日撮影)
(3)超過酷な難工事…そして
江戸幕府の許可はもちろん、多額な費用や大勢の作業員が必要となりました。工事は想像以上に難航を極め、事故による犠牲者も続発します。
しかし作業員たちの測量技術や掘削力は驚異的で、厚さ1.2km余りの山をどんどん掘り進めます。
当時はすべて工具による手作業です。そして工事開始から4年後の1670(寛文10)年、隧道は貫通し、芦ノ湖の水が送り込まれました。箱根用水(深良用水)の完成です。
芦ノ湖側から水を送り出す「深良水門(ふからすいもん)」の標高が720.23mに対し、裾野側から水を受け取る「穴口(あなぐち)」の標高は710.33m。
隧道には絶妙な傾斜が付けられており、水はゆっくりと確実に送られます。
しかも芦ノ湖側から掘り進めた隧道と、裾野側から掘り進めた隧道の合流点は、ほとんどずれていませんでした。
機械やコンピューターなどない時代。高低差も誤差もほとんど発生させなかった作業員の頭脳と技術には、ただ驚きと尊敬の想いしかありません。
箱根用水は裾野市だけでなく御殿場市など広い地域へ、今も水を送り続けています。
農業のみならず水力発電なども発展させ、静岡県東部の生活を潤しているのです。
(4)今もなお続く水の問題
しかし歴史の激動と人々の対立により、箱根用水が送られるのは静岡県側のみ。肝心の神奈川県箱根町側には水が与えられない状態が、現在も続いているのです。
それを物語るのが芦ノ湖北端にある湖尻水門(こじりすいもん)、普段は固く閉じられています。
この水門が開けられるのは、大雨で芦ノ湖が増水した時。湖周辺の水害を防ぐために水門を開け、仙石原の早川(はやかわ)へ少しずつ流しているのです。
芦ノ湖のきれいな水が、静岡県側にも仙石原側にも豊かにまんべんなく送られる・・・問題が解決し、これが実現する日はやって来るのでしょうか。
湖尻水門。向こうには芦ノ湖と三国山(2022年7月6日撮影)
【主な登山コースを紹介!!】
(1)湖尻水門~深良水門経由コース
湖尻峠は仙石原からやや遠いため、マイカーやバスでのアクセスがおすすめです。
箱根登山バスの「箱根レイクホテル前」バス停から、芦ノ湖キャンプ村前の駐車場を経て、約7分ほど歩いたら湖尻新橋を渡りましょう。
左に湖尻水門と右に箱根湖畔ゴルフコースクラブハウス前を通過後、右側に登山口があります。
2024年5月3日現在、仙石案内所前バス停の時刻表
湖尻新橋(2018年4月29日撮影) 湖尻峠への登山口(2022年7月6日撮影)
約30分登ると尾根へ出て、左へ進めば眺めのいい芦ノ湖展望公園。尾根沿いに一度登り、左に芦ノ湖を見て下れば湖尻峠です。
湖尻峠からは樹林の石だたみを下り、約15分で深良水門に到着。右に芦ノ湖を見ながら「芦ノ湖西岸歩道」を進めば、約20分で湖尻水門・湖尻新橋に帰着するでしょう。
(2)湖尻峠~穴口往復コース
時間と体力に余裕があれば湖尻峠から、裾野市方面へ向かう静岡県道337号を歩き、箱根用水の穴口まで往復してみましょう。所要時間は片道約25分です。
【耳をすませば山を掘る槌音が…】
今は芦ノ湖・御殿場・裾野・三島方面への十字路となった湖尻峠。しかし村の生活を救う箱根用水は、今も確かにこの峠の下を通っています。
箱根の山を命がけで掘り抜き、村々の生活を発展させた先人たちに、想いをめぐらせてみませんか。
【湖尻峠の基本情報】
●標高850m
●古期外輪山
●富士箱根伊豆国立公園
●神奈川県足柄下郡箱根町、静岡県裾野市、
●芦ノ湖方面、静岡県道337号、箱根スカイライン、芦ノ湖スカイラインの分岐点
●真下を箱根用水が通る